自分でできる健康&整体生活|広島らくしんかん整体 愉氣の超能力・神秘性を排する

これまで”愉氣(手あて)”の一連のはなしを続けましたが、

少しお分かりになりましたでしょうか?

 

ややこしくなったら、何も考えず「ただ手をあてる」だけでいいのです。

 

あるいは静かに両手を合わせる「合掌行気」をする。

それだけで愉氣ができるカラダと手の”質”が変わるのです。

 

ただすればよい。

それは集注でもあり、何も余計な観念も意識もいらない。

 

”愉氣”は超能力を目指し実現するものではありません。

”手”から特別な”何かが出る”ということでもありません。

 

ややもすると”神秘的”な側面があるため、

さまざな観念的な解釈がされてしまいがちです。

その最たるものが”宗教”や”超能力”にはしってしまうことです。

 

聞くところによると過去、愉氣や、

ここでは取り上げていませんが”活元運動”を

新興宗教にしてしまった人もいるそうです。

 

それをやってしまうと、

意外に観念で捉えがちになってしまいます。

逆に本質から離れてしまうのではないかと思います。

 

手や身体で感じるものを

ありのまま受け入ればいいだけのことですが、

 

とにかく”愉氣”は感じるモノそのままで、

ポカーンと素直にしましょう。

(おわり)