自分de整体&元気生活|広島市西区らくしんかん整体 病気になっても病人になるな・2

毎朝、弊処に通勤するときに、近所の医院前を通ります。

朝早い時間に通るので、まだ開院まで時間があるのに、

医院の入り口に数名がずらっ~と並んでいる光景を、ほぼ毎日見ます。

 

雨の日も、冬の寒い日も含め、相当な高齢者も含めて並んでいます。

そこまで、外で長時間立って並ぶ元気があるなら、病院へ行く必要あるのか?

と思いたくなります。

 

一方、大きな病院の待合室。来る患者の顔ぶれが決まってくるので、

お互い顔見知りになっているせいか、

”あんた昨日来なかったね~”

”いや~、体調が悪くて一日中家で寝ていた~”

という、やりとりも良く聞かれるかと思います。

 

これらを聞くと、どうして? 体調が悪いから病院にかかるんでしょう?

体調が良かったら、そもそも病院へ行く必要あるの?

と突っ込みたくなります。

 

病院に行くか、行かないかは本人の問題なので、こちらでどうのこうの言う事はできません。

ただ、貴重な医療費財源をこんなことに浪費されることに疑問が生じます。

財源に決して余裕がないはず、本来必要とされるところで使われるべきだと思います。

 

以前からそうかもしれませんが、

病気と医療に対する姿勢が歪んでいるのでないかと思われます。

”らくしんかん”のパンフレットの冒頭でも「依存」というものを戒めています。

 

野口晴哉先生の時代も、やはり以下のように指摘されています。

 

(以下・出典 整体法の基礎《全生社》)

ーところが、死なないのによくならない人もいるのです。自分の心で、自分の頭で病気をつくっている人、

病気を保身術と心得て、治ったら大変だと思っている人達・・・戦後、傷病兵の人達が、治ったら失業だ、

病院を出なくてはならない、治りさえしなければ楽に食べていけるということで、病気の治ることを恐れて

いましたが、それと同じに、病気のお蔭で権力を保ちたい人が、「ああ、痛くてたまらない、ちょっと

背中をなでてくれ」と言うと、健康な人はいくら忙しいくても時間を割かなければならない。「アッ、苦しい!

早く水を!」などと言われると、汲んでやらなくてはならない。そういうように、病気を保護色の代わりに

使っている人達、無能無力で出世のできないことを病気の所為にするとか、嫌やだと言えないために病気だから

サービス出来ないと言い訳したり、病気をそういう面に利用している人達は、やはりよくならないのです。ー

 

以上古い文章ですが、身に包まされる人もいるのではないかと思います。

 

実際に「病気・ケガ」を言い訳にして、”〇×をしてくれ”とか”病気だから〇〇ができない”と言って、

周囲を振り回しているところに遭遇した人も多くいると思います。

 

実際にケガや病気で「物理的」にどうすることもできない状況であれば別ですが、

「病気・ケガ」を言い訳にして、自分の思い通りになることができれば、それは治りたくないですよね。

治ったら言い訳が効きませんから。

 

そういうことで、「病気」になっても、「病気・ケガ」から何かに依存する心にならないように

戒める必要があるのです。いわゆる「病人心理」の悪い処ですね。

だから”病人になるな”はこういうことなのです。

 

体を良くするには、まずは「依存する心」を他へどかせる必要があります。

 

整体を学ぶ者には”体調不良を理由に休むことは許されない”という不文律があります。

それも、ここまで読まれると分かっていただけるかと思います。

(おわり)