”病気”どう向き合うのか?|広島らくしんかん整体

野口晴哉先生の名著に”風邪の効用”という本がある。

現在では文庫本にもなり、一般書店でも手に入りやすい。

 

今や風邪が流行る時期に入っているが、

むしろ”風邪”をひいたことに乗じて、さらに”自分のカラダを良くしよう”という、

これまでの医療界・健康界の常識にはないものだ。

 

”風邪”だけでなく、病気にかかる原因の最たるものは、

自分の”偏り疲労”からの転換だと考えている。

冷え、乾き、汗、睡眠、飲食なども含め日々重なった体運動の歪みや偏りを

何とか変えようとする身体の内部からの欲求ではないだろうか。

 

身体に活力と弾力があれば、病にかかることで歪んだ体運動を修正し、

自然に経過することで、より元気なカラダへと繋げることができる。

それだからこそ、野口先生は”風邪”をキチンと経過すれば、ヘビやエビが

脱皮したように、キレイさっぱり清々しい身体になれると言っている。

 

事実、自分も20年以来、毎年のように風邪を引くが、自然に経過することで

これまで以上に身体が動けるような感じになり、その後こじらせたこともない。

数年前に帯状疱疹にもかかり、夜眠れない苦しい思いもしたが、仕事も休むことなく

問題なく自然に経過させている。

 

逆に、身体が堅くなり生きる力が衰えたり、歪みが極端すぎると、

”病”でも身体を修正することができず、バランスを失って死にも至る。

 

確かに”病”は、ひとたび閾値を超えてしまえば”死”に繋がるかもしれない、

それゆえ”病”は死に至らしめ、苦痛も伴い、恐怖として捉えられても

止むを得ない部分があるのは確かだ。

 

しかし、取り方によっては”風邪”を含めて”病”をきっかけに、

これまでの歪んできた自身を見直すきっかけにもなり、自然に経過することで

以前よりもまして、元気溌剌にもなれる好機でもある。

 

それゆえ”病気”を敵視してばかりはいけないのである。

 

”予防”は否定しないが、

行き過ぎた”予防”は病気への恐怖を募らせることになる。

また特定の病気を”予防”に意識過ぎると、自身の内部や、他のことに意識が向かなくなりなる。

そこで意識とカラダのバランス感覚を失ってしまうことにもなる。

俗に言う”無病病”というのは、そこから出たのではないかとも思う。

 

大事なのは、今自分が何をしたいか、何をしなければならないのか、

日々元気溌剌と動き、充実した日々をおくればいいだけである。

 

とかく巷では”ガンと闘う”とか”闘病生活”や”一刻も早い復帰”など、

病気を敵視したり、ネガティブな意識が強いが、一度はその意識を捨ててみよう。

そうすれば、自身の身体というものが”病気”を通じて謙虚になり、

新たなるものが見えてきて、さらなる成長のチャンスと繋がるのではないだろうか。

(おわり)