”合掌行氣法”は”坐禅”なのか?|根本改善整体らくしんかん(広島市)

愉氣法の訓練法として”合掌行氣法”を紹介しました。

ここまで来ると”合掌行氣法”は坐禅と共通するか、同じなのではないかと

疑問が生じてくるのですが。

 

私自身、日々”合掌行氣法”を訓練すると同時に、

時々、曹洞宗の坐禅会へ参禅もしていますので、

現時点で自分の体験上で言えることは、ある意味”同じでない”という

見解です。

 

但し、それには条件があります。

 

坐禅については、宗派によって異なるところがありますが、

現在、曹洞宗のお寺で”只管打座”に参禅し、

さらに”現代坐禅講義ー只管打座への道ー(俊成社 藤田一照著)を拝見していると

両者はまったく同じでないと感じるところになりました。

 

ごく簡単に言うと、本来の”只管打座”の坐禅には、何かを達成しよう!

何かに辿り着こう!という目的をもって坐禅するものではないということです。

本当に”ただ座れ”の世界です。

 

ですから、私も坐禅に行くときは

「これから○○寺へ座り込みに行ってくるわ!」

と、品悪く言っています(笑)。

 

冗談はさておいて、

 

合掌行氣法の場合、

最初の目的として、”温かく、そして気持ち良く愉氣できる手”を創るものであり、

そこから自身の体をさらなる次元へと創っていく段階を踏む訓練だと私は思っています。

ある意味、明確な目的があるのですね。

 

ここが只管打座の坐禅と大きく考え方が違う処なのですね。

只管打座の坐禅の立場から見ると、目的があるのは”習禅”とも言うそうです。

なるほど”習禅”と捉えるのであれば、合掌行氣法は習禅かもしれません。

 

ただ合掌行氣の訓練を続け、合掌している手も抜け、自分の体全体のひとつになり、

それも抜けていくという体験ができれば、ある意味”只管打座”が目指す坐禅なのかも

しれません。

 

今の私にはまだ至っていませんが。

合掌行氣法と坐禅については、現時点の私の所見です。

今後研究研鑽が進めば変わる事があります。都度報告したいと思います。

(おわり)