「整体入門」で”野口整体”初歩を学びませんか?-②野口晴哉先生について

「整体入門」は”野口晴哉”先生を知ることからはじまる

アイウオッチの写真にある本”整体入門”について、

シリーズでじっくり解説しています。

こちらの本の著者はもちろん”野口晴哉(のぐちはるちか)”先生です。

 

こちらの「整体入門」ですが

ある方からご感想をいただいて「入門だけども奥義でもある」と

簡単そうに見えて、奥深いの野口整体の難しさだと思います。

 

そうすると「整体入門」を学んでいくうえで、

どうしても野口晴哉先生の生い立ちなど、お人柄や考え方を

勉強しないと「整体入門」の理解がすすまないのです。

 

今回は「整体入門」の本から少し離れますが、

野口晴哉先生のコトについて、少しふれていきます。

今後の「整体入門」の理解に役立ててください。

 

↓野口晴哉(のぐちはるちか)先生

整体法の創始者”野口晴哉(のぐち はるちか)”先生

稀有の才能を発揮した整体の創始者”野口晴哉”先生は、

明治・大正・昭和と、第二次世界大戦を挟んで3つの時代を生き抜いてこられました。

 

明治44年(1911年)に東京の上野で生まれるも、2歳でジフテリアを患って声が出づらくなり

家庭の事情もあって幼少期には鍼医をしていた伯父のもとに預けられ、伯父宅にある漢方書などの

読書に明け暮れていました。そのため幼少期から療術には興味をいだき、催眠術や自己暗示も勉強し

あるとき学校の女の子が歯が痛いと泣いているところを、催眠術で治したそうです。

 

12歳のときに関東大震災が発生し、当時の野口少年ほか多くの人が家を焼け出され

衛生状態が悪いなか”疫痢”が流行り出し、亡くなる人も出ている状況のなか

野口少年は疫痢に苦しんでいる人に”手をあてていく”と、たちまちに治って行くので

それが人伝えに評判となり、多くの人が野口少年のもとに押し寄せることになったのです。

 

これが野口少年が整体をはじめるキッカケでもあり、

なんと15歳で整体の道場をつくることになったのです。

そして実際に、多くの人の不調をつぎつぎと治していくことで、

どんどん評判が拡がり、人々が押し寄せることになるワケです。

 

気の合わない人-”お断り”

野口少年のすさまじい気合いと、全身全霊をかける”愉氣(ゆき)”

”愉氣”については今後じっくり学びますが、とにかく妥協は許さなかったそうです。

ちょっとでも気の合わない人がいれば「気の合わぬ人、お断り」と返していたのです。

 

ある日、

野口先生にとって会いたくもない、気の合わぬ人がやってきた時の出来事です。

 

野口先生は玄関先へ行って、わざわざ件の相手の人に向かって

「先生はお留守です!」と言った

 

そしたら相手は

「そこに、いらっしゃるじゃないですか」

と返せば

 

さらに野口先生は

「いや当人が言うんだから、間違いない!」

 

そんなふうに追い返していたという

逸話が残っているから驚きですね。

 

もうひとつ

野口先生に関わる有名な逸話が、戦前に

「競走馬の足が折れたから、治してくれ」と頼まれると

愉氣をして見事に治って、走れるようになったどころか1着にもなった。

 

馬主の喜びはすごいもので、大金のお礼で当時では珍しい外車を買って

しかも運転手まで雇ったという。その車は戦後も大事に乗り続けていたとのことです。

 

全生訓-生を委縮する固定観念も打ち破る

野口整体の重要な観念として、17歳の時に野口先生は”全生訓”をあげました。

最期まで”生”を全うすること、活き活きハツラツと自分の”生命”を最後まで燃え続けるコトを

説かれました。

 

そのためには”生”を委縮させるもの、固定観念を打破することも必要でした。

今もそうかもしれませんが、当時の衛生観念は「熱が出たら氷枕と氷嚢、風邪が流行ればマスク、

冷えて下痢をしないためには腹巻」など、さまざまな予防対策が常識になっていましたが

 

それに対して野口先生は

「熱も、痛みも、嘔吐も下痢も、また風邪も、すべて人体の抵抗作用であり、

ヘビが皮を脱ぐのと同じ更新作用であり、古びた組織を改造し、鈍った機能を

旺盛ならしむ作用である。それを妨げれば、自律作用が鈍り、麻痺を亢進させることは

自明の理である」といった論法で、旧来の観念を捨て、生き生きとした生命観を打ち出したのです。

 

”生命に委ねた自然なる全生訓”は、

野口整体における整体の柱ともなったわけですね。

 

戦後・療術体系の構築と、治療の限界を感じる

野口先生の整体操法は、手をあてていくなどの”愉氣法”のほか

戦後間もない時期には、各界を代表する療術家を集めて、それぞれが持つ療術の

効果を実証して、実証済みであれば整体操法として組み入れるという

作業をおこないました。

 

ここで整体操法の体系化をはかると同時に、指導者の育成にも奔走されました。

いっぽうで人間観察を深めて、身体を通した個性研究ともいえる「体癖論」の基礎ができます。

 

療術体系ができて、治療術としても熟していくなか

病気治しを目的とした希望者が野口先生のもとに押し寄せてきます。

 

「野口先生に整体操法を受けて、治してもらえばそれでいい」

そこから我のカラダを忘れて、不節制をして身体を壊して、また野口先生に診てもらう。

 

そういった繰り返しの光景を目の当たりにすることで

整体を受ける人の心身が良くなるどころか、野口先生に頼ろうとする人々の

”依存心”がどんどん増してくることに心を痛めたわけです。

 

本来の意味において、

その人の”元気になろうとする自活の力を奪っているのではないか?”

そうなれば、その人の”全生”とは誤った方向にいっているのでないか?

ということにもなるのです。

治療を捨て、体育を目指す!

自分が整体をすれば、相手は治る一方で、また野口先生を頼りにしてくる。

自立できない人をどんどん増やしている自分をみて、ついに決断をします。

 

「治療を捨てよう」

「これからは、病を治すことよりも人間本来の力を引き出して健康に導こう!」

そういうことで

からだ育ての「体育」へと転換したのです”

 

前回紹介しました整体協会は、昭和31年”社団法人・整体協会”として

”体育の団体”としてスタートしました。

 

整体の個人指導のほか活元運動の普及。

愉気法などさまざまな整体法の講習会を全国各地で開いて、

心と体をひとつとして考え、さきの”体癖”をはじめ”潜在意識”の研究、子育てや教育などの

分野にも踏み込んで活躍され、昭和51年に全生を全うされました。

 

人間探求としての”整体”

野口先生は、人間の”からだ”と”こころ”をひとつとして、

人間を徹底的に観察され、探求されました。その人が”より元気”になれるよう

心身を通じて指導をなさいました。

 

とくに野口先生の観察眼は、姿は見えなくても”階段を登る音や振動”で

どんな人が、どんな心身の状態であるかをわかっていたと言います。

 

さらに道場のお弟子さんに、こんなコトも言っています。

「僕が道場にいなければ、駅のプラットホームに行けば僕がいるよ

駅の階段の登り終えて、ふぅ~と息を吐く人の背中を観るのが

面白くたまらないんだ」

 

長い階段を登り終えて、ふぅ~と息を吐く瞬間が、その人にとっての素の瞬間です。

野口先生は、そのわずかな瞬間に、その人の背中や背骨をはじめとする身体全体を”観察”して

どんな体癖で、いまはどんな心身の状態で、過去の病歴や、将来はこういうふうになる!と

”観察”を通してわかったそうです。

 

恐るべき観察眼というか、観察力ですね

いまも整体は、操法など技術的なコトよりも”観察”することのほうが重要視されているのです。

 

野口整体では、「治療」でないので

整体をおこなうときは、その人がより元気になれるよう”元気になれる方向性を導く”ということで

”整体指導”と言います。”施術”という言葉は使っていません。

 

言葉による指導も、整体を受ける人の心に確実にひびく

スパッと割ったようなものでした。そこには脅しも、命令めいたものはありませんでした。

 

例えば

・熱がまだ下がらないと焦っている人には

「お墓の下へ行けば、いやでも下がりますよ」

 

・盲腸炎になると心配だから、今のうちに切っておきたい人に

「ついでに首を切れば、万病にならない」

 

・もしも病院に行く途中で生まれたら大変だと言う妊婦に

「大便だって我慢できるでしょ、出来なきゃ往来は大便だらけだ」

 

・胃が下がるからと、ベルトで押さえている言う人に

「君、下を向くと目玉が落ちるよ」

 

おもしろいのは、

不眠症に悩む陰気な男が”自殺するつもりで家を出て”、

野口先生の道場にやってきたとき

 

「どうせ死ぬのなら、二晩ここに泊って今生の別れに僕の将棋の相手をしろ

それから自殺しても遅くないだろう」

と言って、夜通し将棋の相手をさせたのです。

 

夜中の3,4時になると、自殺志願の男はコックリ、コックリやりだすと

野口先生は「君は不眠症じゃないのか?」とやりだし、ついに寝かさなかった。

 

次の日も夜通し将棋の相手をさせようとすると探すと、

この自殺志願者は、道場の戸棚のなかに隠れて”ぐうぐう寝ていた”

 

野口先生や弟子らに起こされ、自殺志願の陰気な男は

バツが悪いのか「先生、私不眠症じゃなかったんですね、

それがわかりました」といって、元気になって郷里へ帰って行ったという

話しもあります。

 

野口先生は、こうして一人一人に心身の裡から

元気という”ともしび”をつけて、整体指導を続けられたのです。

まとめ&おススメの文庫本

ひととおり読まれて、

野口先生のお人柄を含めて”野口整体”の考え方が

幾らかご理解していただけるとありがたいです。

 

単なる”病気治し”でない、”治療”でない

人生を最期まで元気に全うできるよう”心身”を育てるコトが

野口整体の大きな目的だということに気づいていただけたかと思います。

 

そこを抜きにして

「整体入門」の勉強をしても、理解が深まりません。

 

なお、私の力不足で十分に野口先生のことが伝えるコトができなかったと思います。

不肖、私も年代の違いで野口先生にお会いしたことはないし、整体協会と関係なく外部の者なので

どうしても限界もあります。

 

よろしければ、1冊文庫本を推薦します。

野口晴哉先生の奥様が書かれた「回想の野口晴哉-朴歯の下駄」をご購読ください。

奥様が野口先生と長年ごいっしょにされ、先生のお人柄などを平易な言葉で

わかりやすく書かれていると同時に、文章から野口先生と奥さまの息遣いも感じられます。

 

「整体入門」を読まれる前に、

「回想の野口晴哉-朴歯の下駄」(ちくま文庫・税抜680円)

をぜひご一読ください。

(おわり)

 

 

 

 

 

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